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お歌のお兄さん

  うちの母がカシオのTK4400という電子ピアノを買ったのですが、もう挫折したのかホコリをかぶっています。

 ある日、部屋に戻ってみると案の定、電子ピアノが私の部屋に捨ててありました。さすがにそれではピアノが可哀想になったので、少し弾いてみました。しかし、あんなに沢山弾けた歌のすべて、私の指は忘れてしまっていて、愕然としました。

 私がピアノを弾けたのはずっと昔のことで、その頃の私は歌のお兄さんをしていました。それはTVでお尻をかじる虫の歌とか、団子の兄弟を串刺しにする歌を歌う人ではなく、幼稚園で童謡を教えたり、街角で子供に歌を教えたりするのが仕事でした。

 大人と向き合うのが苦痛だった私は、子供たちがキラキラした瞳で、
「お兄さん、お歌うたって。」
 もみくちゃにされるのが好きでした。

 そんなある日、保育園で歌っていた私は今まで歌を歌ったことのない少女に歌を教えていました。それが私の仕事だと信じて生きてきましたが、その少女が初めて歌ったチューリップの歌が可愛らしいというより、あまりに純粋で神々しかったのです。

 童謡というのは幼女にしか歌うことが許されない神聖な歌なのかと嫉妬するほどに。今おもえば、わざとらしい歌い方、ありもしない歌詞に辟易していて、街にはニセモノの歌があふれていました。

 その天使の歌は私の中の、
「歌のお姉さんをなんとかしてやろう。」
 とか、
「売れてやろう。」
 とか、そんなギラギラした、汚れたものまで照らし出してしまいました。それで、けっきょくウソのつけない私は歌のお兄さんをやめたのでした。

 もう、それから時は流れました。

 TVから歌番組は消え、歌のお兄さんが覚せい剤で捕まるような時代に。子供たちは何を歌っていいのか分からない時代。そして、誰もが歌なんて聞こうとしない時代。

 私が失くした時間を取り戻そうと最初に弾いた曲は、電子ピアノの最初に記憶されているキラキラ星でした。

 

 

 

 
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