軍団モモオ

　　私の街にサーカスが来ます。子供の頃は誰もが、退屈な日々に飽き飽きして、親に「サーカスに売り飛ばすぞ！」と言われると、ちょっとワクワクするものです。

　私の街は庭を掘っても温泉が湧く所なのです。温泉劇場がたくさんあって、なんとか一座とかの旅芸人がよく来ます。中学は義務教育なので、旅芸人がよく短期で転校してきます。彼らは舞台があるので昼には帰っていくのが、羨ましかったのです。その代わりに、まったく勉強は出来ませんでした。

　そんな青すぎる中学生の日々に、サーカスの綱渡りの女の子が転校してきました。細くて折れそうな女の子でした。ほんの些細な、怪我や体調不良でおおごとになるかもしれないので、彼女はひっそりと、静かに暮らしていました。

　それに、なぜか？私よりも勉強が出来ました。私のその頃の夢は、絵に書いたようなマジメな副委員長と、ふしだらな世界に落ちていくことだった私は、彼女の女心を開発するために、サインをもらいに行ってみました。

　彼女のような子たちは、転校ばかりで友達も出来にくいようで喜んで、サインしてくれました。そして、１度、見に来てねと微笑みました。

　私は、サーカスの最後の日に勇気を振り絞って、親の財布からチケット代をくすねました。サーカスに行くと彼女は学校とはまるで別人でした。銀色のハイレグの衣装を着て、青白い肌で高いロープを渡ろうとしています。

　泥棒詩人のジャン・ジュネが、綱渡りの観客は落ちろ、落ちろと期待しながら、成功すると空に向かってため息を吐くという詩を書いていました。

　彼女は、このロープを向こう岸まで渡りきってしまうと、また知らない街に旅立ってしまうのでしょう。

　彼女はこともなげに向こう岸に渡って、拍手を浴びています。私と少しだけ目があって、「さよなら。」と言った気がしました。

　その翌年のお正月に、彼女から年賀状が来てました。私はどうせ、みんなに出したんだろうと、何か恥ずかしくて返事を出せませんでした。最近になって、私だけが年賀状をもらったことを知りました。若さとは愚かで、残酷なものです。

　私は彼女のサインを探そうと机の中を探してみました。引き出しの片隅に有名なストリッパーのサイン色紙が出てきました。私の名前あてになっています。また、弟が私の名前でストリップに行ったのでしょう。結局、彼女のサインはどこかに行ってしまったようです。

　私の街にサーカスが来ます。そして、私は綱渡りする彼女の姿を探しに行くのかもしれません。